福岡地方裁判所 昭和26年(行)25号 判決
原告 田本キヨノ
被告 福岡県知事
一、主 文
被告が、福岡市大字屋形原字中の原八百五番地乃至八百十二番地所在田六反八畝二十五歩について、昭和二十六年九月十日原告に対し買収令書を交付してなした買収処分は、これを取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
二、事 実
原告は、第一次的に主文第一項同旨、予備的に「主文第一項掲記の買収処分は、無効であることを確認する。」旨、並びに、主文第二項同旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。
「主文第一項記載の土地は、原告が昭和十二年十二月訴外三菱炭鉱労働組合の社宅の建築用地とするため、当時福岡市産業課長の職にあつた佐藤弘の斡旋により訴外某から買い受けて、その所有権を取得したものである。しかるに原告は、資材統制等の制約を受けて右社宅の建築も思うようにならないため、同地を空地のままにしておいたところ、附近居住の訴外藤英雄等数名は共謀の上、昭和十九年に至り無断で本件土地に立ち入り耕作を開始し、あまつさえ、右土地の所有権を自己の手中に収めようと企て訴外福岡市樋井川農業委員会に対し遡及買収の請求をなしたため同農委は昭和二十二年八月二十八日と昭和二十三年十月二十七日の二回にわたり本件土地が昭和二十年十一月二十三日現在、不在地主たる原告の所有小作地として自作農創設特別措置法(以下「自創法」と略称する。)第三条第一項第一号に該当するものであると認定して、これにつき遡及買収計画を定め、更に被告は、右計画に基き昭和二十六年九月十日原告に買収令書を交付して、本件土地につき買収処分をした。
しかし本件買収処分には次のような違法がある。
(1) 原告は、十六年ばかり前から引き続き福岡市桜木町十八番地に居住する者であり遡及買収の基準日たる昭和二十年十一月二十三日現在に於ても同所に住所を置いていた。しかして本件農地の所在地は前記のとおり福岡市大字屋形原で、原告の住所と同市内である故、かりに本件農地が昭和二十年十一月二十三日現在小作地であつたとしても原告は同日現在において自創法第三条第一項第一号においていういわゆる不在地主でなかつたことは、明らかである。
従つて前示遡及買収計画並にこれに基く本件買収処分は、不在地主でない人の所有小作地を不在地主所有の小作地として買収計画をたてこれに基き買収した違法があるといわなければならない。
(2) かりに右主張が理由がないとしても前述のとおり本件土地は元来宅地であつたものを前記訴外藤英雄等が所有者たる原告には無断で一時的に占拠耕作を開始したもので昭和二十年十一月二十三日現在も小作地ではなかつたのであるから、これと異なる事実認定に基く右買収計画及び本件買収処分は違法たるを免れない。
よつて、第一次的に右買収処分の取消を、もし右請求が認容されないときは予備的に右買収処分の無効確認を求めるため本訴に及んだ。」(立証省略)
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のように述べた。
「原告主張の請求原因事実中、訴外樋井川農業委員会は、原告主張の頃二回にわたり本件土地が昭和二十年十一月二十三日現在不在地主たる原告の所有小作地であるとして、これにつき農地遡及買収計画を定め、被告は右計画により昭和二十六年九月十日原告に買収令書を交付して本件土地につき買収処分をしたことは、これを認めるが、右買収計画及び買収処分には、何等原告主張のような違法の廉はない。
(1) まず、原告は昭和十二年十二月頃福岡市大字屋形原字中の原八百五番地乃至八百十二番地所在の本件土地を買い受け、その所有権を取得したものであること、昭和二十年十一月二十三日現在の原告の住所が同市桜木町十八番地にあつたことは、いずれもこれを認めるが、同日現在原告が不在地主ではなかつた旨の主張は理由がない。元来福岡市は、その区域が著しく大きいため農業委員会法(昭和二十六年法律第八十八号)第二条第二項(同法施行前は農地調整法第十七条ノ二第三項)の規定により、これを十三の区域に分つてその各区域に市農業委員会(地区農地委員会)が置かれており、前記原告の住所は、本件土地の所在する福岡市樋井川農業委員会の区域外に位置しているのである。かように、土地の所在場所とその所有者の住所とが同一市町村内にあつても、所轄市農業委員会(地区農地委員会)の区域を異にする以上、当該土地所有者が不在地主でないと断じ得ぬことは自創法第四十八条の読み替え規定により明白であるといわなければならない。
(2) 次に、本件土地が昭和二十年十一月二十三日現在小作地ではなかつたとの原告主張事実も、これを否認する。そもそも原告が本件土地を買い受けた目的は、当初からこれを宅地としてではなく蔬菜園として用いるためであつたのである。そして、昭和十四年秋頃花畑小学校が原告から本件土地を賃借し、これを園芸実習用地として耕作の用に供していたところ、その後右学校だけではこの土地全部を耕作しきれない事情になつたので、昭和十八年頃から原告の承諾を得た上、訴外松尾恒一、藤英雄、横竹正助、才田勇夫及び菱田鉄雄をも引き入れ、共にこれを小作しておつた。それ故、その後昭和二十年十二月に至つて原告から本件土地の返還方を強要された結果、校長宇野大五郎において右五人の小作人と相談の末、やむなく同月分までの小作料を取りまとめて原告に支払つた上逐次返還したけれども、同年十一月二十三日現在本件土地が小作地であつたことは、否めない事実である。
(3) なお本件農地の遡及買収計画は、小作農の請求によらずして農地委員会の認定にかかるものである。
以上要するに、昭和二十年十一月二十三日現在本件土地は不在地主たる原告の所有小作地であるから、右買収計画並びにこれを承認してなされた本件買収処分は適法であり、右買収処分の取消乃至は無効確認を求める原告の本訴請求は理由がない。」(立証省略)
三、理 由
原告が昭和十二年十二月頃福岡市大字屋形原字中の原八百五番地乃至八百十二番所在の本件土地を買い受け、その所有権を取得したこと、昭和二十年十一月二十三日現在の原告の住所が同市桜木町十八番地であること、訴外福岡市樋井川農業委員会が昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基き本件農地が不在地主たる原告の所有小作地であるとして、昭和二十二年八月二十八日と昭和二十三年十月二十七日の二回にわたり遡及買収計画を定めたこと、被告が右計画に基き昭和二十六年九月十日原告に買収令書を交付して、本件土地につき買収処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
よつて、先ず昭和二十年十一月二十三日現在における本件農地の所在地と同日現在の原告の住所とが自創法第三条第一項第一号にいう同一区域内であるか否かにつき判断する。
本件農地買収計画樹立当時の自創法第四十八条の規定を同法第三条第一項第一号に適用すると、地区農地委員会の設けられている市町村にあつては、農地の所有者がその住所のある地区農地委員会の区域(その隣接市町村の区域内の地域又は他の地区農地委員会の設けられている地区で当該地区に隣接する地区内の地域で市町村農地委員会が都道府県農地委員会の承認を得て当該市町村の区域に準ずるものとして指定したものを含む。)外において所有する小作地は、政府の買収の対象となつたことが明らかである。しかしいわゆる遡及買収の場合、買収の対象となる土地が買収の要件を具えているかどうかの判断は、昭和二十年十一月二十三日現在の事実に基きこれをなすべきところ、そもそも地区農地委員会の制度は、昭和二十一年法律第四十二号が従前の農地調整法第十七条ノ二を改正して創設したものであり、同法律は同年十一月二十二日からその施行を見たものであるから、同日よりも更に約一年以前の前記遡及買収の基準日現在にあつては全国いずれの市町村にも地区農地委員会なるものは存在していなかつたものである。(現に福岡市の場合同市に十三の地区農地委員会が設けられたのは昭和二十一年福岡県告示第七百十五号によつてであり、同告示は同年十一月二十八日公布されている。)それ故、遡及買収の場合には、前掲自創法第四十八条の読替規定は適用の余地なく、問題の土地が不在地主の所有小作地なりや否やの判断は、もつぱら同法第三条第一項第一号のみに準拠してこれをなすべきものであり、同法第四十八条を根拠とする被告の主張は、法律上理由がないものといわなければならない。
してみれば本件土地の所在場所と原告の住所とは昭和二十年十一月二十三日現在においては自創法第三条第一項第一号にいう同一区域内にあるものといわねばならぬ。したがつて、仮りに本件農地が同日現在において小作地であつたとしても不在地主の所有する小作地であるとはいえないから、本件土地を不在地主たる原告の所有小作地であると認定して遡及買収計画を定め、これを是認してなした被告の本件買収処分は、本件土地が小作地なりや否やの争点に対する判断を俟つまでもなく既にこの点において違法であり、これが取消を求める原告の第一次的請求は、正当であるからこれを認容することとし、予備的請求に関する判断を省略した上、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 戸根住夫)